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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)300号 判決

主文

一  被告玉川税務署長が原告甲野太郎に対し、平成三年三月二九日付けでした昭和六二年分及び平成元年分の所得税に係る各更正の取消しを求める訴えを却下する。

二  被告玉川税務署長が原告甲野太郎に対し、平成三年三月二九日付けでした昭和六三年分の所得税に係る更正のうち、総所得金額五五四〇万五〇〇〇円、納付すべき税額三九一万一七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

三  原告甲田株式会社の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、被告新宿税務署長と原告甲田株式会社との間に生じたものは原告甲田株式会社の負担とし、被告玉川税務署長と原告甲野太郎との間に生じたものはこれを三分し、その一を被告玉川税務署長の負担として、その余を原告甲野太郎の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告らの請求

一  被告玉川税務署長が原告甲野太郎に対し、平成三年三月二九日付けでした昭和六二年分及び平成元年分の所得税に係る各更正のうち、それぞれ総所得金額五五四〇万五〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二  主文第二項と同旨

三  被告新宿税務署長が原告甲田株式会社に対し、平成二年七月三一日付けでした昭和六二年一月一日から昭和六二年一二月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち、所得金額二三億二〇六三万八一三〇円、納付すべき税額九億六八〇五万〇七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち九万二〇〇〇円を超える部分を取り消す。

四  被告新宿税務署長が原告甲田株式会社に対し、平成二年七月三一日付けでした昭和六三年一月一日から昭和六三年一二月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち、所得金額一〇億八一二八万五四五六円、納付すべき税額四億五九〇三万二三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち一〇一万五〇〇〇円を超える部分を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)を代表取締役とし、その就学中の子女らを取締役ないし監査役として登記していた原告甲田株式会社(以下「原告会社」という。)が、この子女らに役員報酬を支給したとして、右役員報酬額を損金に算入して法人税の申告をしたところ、被告新宿税務署長から、右役員報酬は原告太郎に支払われたものであるなどとして損金算入を否定される更正を受け、右役員報酬額等を収入に計上せずに所得税の申告をした原告太郎も、被告玉川税務署長から、右役員報酬額等を収入に計上される更正を受けたために、原告らが右各更正等の取消しを求めて出訴した事案である。

二  当事者間に争いのない事実等(なお、書証によって認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1 原告会社の概要

原告会社は、不動産の売買、賃貸及び管理並びに遊戯場の経営等を目的とする株式会社であり、乙山株式会社(以下「乙山」という。)の一〇〇パーセント子会社であって、法人税法二条一〇号に該当する同族会社である。

そして、昭和六二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「六二事業年度」という。)及び昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「六三事業年度」といい、六二事業年度と併せて「本件各事業年度」という。)においては、原告太郎がその代表取締役であった。

また、原告太郎の三男甲野三郎(以下「三郎」という。)、四男甲野四郎(以下「四郎」という。)及び長女甲野春子(以下「春子」といい、三郎及び四郎と併せて以下「三郎ら」という。)は、昭和六一年六月七日以降、原告会社の取締役(ただし、春子については、昭和六三年三月二五日以降は監査役)である。

そして、三郎らの役員報酬は、本件各事業年度を通じ、各自について月額二〇万円と定められていた。

2 三郎らの身上関係等

(一) 三郎は、昭和四四年一二月一七日生まれで、昭和六〇年七月から米国のオックスフォード・アカデミーに在学し、その後、米国のロジャーウィリアムスカレッジに入学した。なお、同人が本件各事業年度中に本邦に帰国したのは、昭和六二年一月一日から同月五日まで、同年三月一二日から同月三〇日まで、同年七月八日から同年八月一四日まで、同年一二月一九日から昭和六三年一月一七日まで、同年七月二日から同年九月四日まで、同年一二月一六日から同月三一日までである。

(二) 四郎は、昭和四五年一〇月二四日生まれで、昭和六一年四月から米国のオックスフォード・アカデミーに在学した。なお、同人が本件各事業年度中に本邦に帰国したのは、昭和六二年一月一日から同月五日まで、同年三月一三日から同月二八日まで、同年七月二六日から同年九月一四日まで、同年一二月一八日から昭和六三年一月七日まで、同年七月二四日から同年八月三一日まで、同年一二月一七日から同月三一日までである。

(三) 春子は、昭和四七年一一月七日生まれで、昭和六〇年四月から東京都世田谷区立丙川中学校に在学し、その後、米国のウィンチエンドンスクールに入学した。なお、同人が本件各事業年度中に本邦に所在したのは、昭和六二年一月一日から同年七月二〇日まで、同年八月二九日から昭和六三年四月二日まで、同年七月三一日から同年八月二八日まで、同年一二月一七日から同月三一日までである。

3 原告会社以外における三郎らの役員関係等

(一) 三郎らは、昭和六一年七月一八日以降、乙山の取締役(ただし、春子については、昭和六三年三月二五日以降は監査役)である。なお、原告太郎は遅くとも昭和六〇年一月三〇日から同社の取締役であり、昭和六一年一月一五日までは代表取締役であった。また、昭和六一年七月一八日における同社の持株割合は、原告太郎が四・五五パーセント、三郎らが合計で五三・〇七パーセントである。

(二) 三郎らは、昭和六一年七月三〇日以降、丁原株式会社(以下「丁原」という。)の取締役(ただし、春子については、昭和六三年三月二五日以降は監査役)である。なお、原告太郎は遅くとも昭和六〇年一月三〇日から同社の取締役である。昭和六〇年一二月三一日における同社の持株割合は、原告太郎が七・八九パーセント、三郎及び四郎が合計で二一・六四パーセントである。

(三) 三郎らは、昭和六一年七月三〇日以降、戊田株式会社(以下「戊田」といい、原告会社、乙山及び丁原と併せて以下「乙山各社」という。)の取締役(ただし、春子については、昭和六三年三月二五日以降は監査役)である。なお、原告太郎は遅くとも昭和六〇年一月三一日から同社の代表取締役である。同社は、乙山の一〇〇パーセント子会社である。

4 本件訴訟に至る経緯

(一) 原告会社関係

(1) 原告会社の六二事業年度における法人税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別表一のとおりである。

すなわち、原告会社は、三郎らに対する役員報酬(以下「本件原告会社役員報酬」という。)合計七二〇万円を六二事業年度の損金の額に算入するなどして、同年度の法人税の青色申告書に所得金額二三億一八四三万九五〇一円、法人税額九億六七一二万七一〇〇円と記載して、法定申告期限までに申告したところ、被告新宿税務署長は、平成二年七月三一日付けで、右役員報酬の損金算入を否認するなどして、所得金額二三億二七八三万八一三〇円、法人税額九億七一〇七万四七〇〇円とする更正(その内訳は別表六のとおりである。)及び過少申告加算税額三九万四〇〇〇円とする賦課決定をした。

なお、右更生通知書に附記された更正理由のうち、本件原告会社役員報酬に係る記載は、次のとおりである(縦書表記とした。)。

「 下記の取締役三名に対する役員報酬は、次の理由から実質的に代表取締役甲野太郎の報酬と認められ、また当該金額は、取締役会で決議された支給限度額を超えていますので、全額が過大な役員報酬となり損金の額に算入されませんので所得金額に加算しました。

(1) 三名はいずれも勉学中であり、取締役として貴社の経営に参画していないこと。

(2) 役員報酬の振込口座である三名名義の普通預金は代表取締役甲野太郎が支配管理していること。

(3) 取締役会で各人毎の「報酬限度額」及び「当面の支給額」を決議しているが、「当面の支給額」を法人税法上の「支給限度額」とみるのが相当であること。

氏名 続柄 生年月日 学年 報酬額

甲野 三郎 三男 昭四四・一二・一七 米国高校三年 二、四〇〇、〇〇〇円

甲野 四郎 四男 昭四五・一〇・二四 米国高校二年 二、四〇〇、〇〇〇円

甲野 春子 長女 昭四七・一一・七 日本中学三年 二、四〇〇、〇〇〇円

合計 七、二〇〇、〇〇〇円

(2) 原告会社の六三事業年度における法人税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別表二のとおりである。

すなわち、原告会社は、本件原告会社役員報酬合計七二〇万円を六三事業年度の損金の額に算入するなどして、同年度の法人税の青色申告書に所得金額一〇億五六八四万四四九九円、法人税額四億四八八七万五五〇〇円と記載して、法定申告期限までに申告したところ、被告新宿税務署長は、平成二年七月三一日付けで、右役員報酬の損金算入を否認するなどして、所得金額一〇億八八四八万五四五六円、法人税額四億六〇八二万二三〇〇円とする更正及び過少申告加算税額一一九万四〇〇〇円とする賦課決定をした。

なお、右更正通知書に附記された更正理由のうち、本件原告会社役員報酬に係る記載は、三郎らの学年次がそれぞれ一年繰り上がり、三郎につき米国大学一年、四郎につき米国高校三年、春子につき米国高校一年とされているほかは、右と同様である。

なお、以下においては、六二事業年度及び六三事業年度において原告会社に対してされた各更正をいずれも「法人税更正」と、右各事業年度において原告会社に対してされた各賦課決定をいずれも「法人税決定」と、これらを総称して「本件法人税処分」といい、各事業年度における各更正通知書に附記された更正理由を「本件更正理由」と総称することとする。

(3) 原告会社の本件法人税処分に係る審査請求の経緯は別表一及び二のとおりであり、その裁決書謄本は平成六年六月二〇日ころ原告会社に送達された。

(4) 本訴において原告会社は、六二事業年度の更正(別表六)については所得金額に対する加算項目のうち順号<2>を除く部分及び同減算項目、六三事業年度の更正(別表七)については所得金額に対する加算項目のうち順号<2>を除く部分及び同減算項目のうち<10>をそれぞれ認めるが、本件各事業年度を通じて本件原告会社役員報酬を損金算入すべきであるとし、両別表の順号<2>の項目をいずれも否認することなどから、本件各事業年度に係る原告会社の所得金額及び法人税額は、別表一及び二の各順号3のとおりとなると主張する。

(二) 原告太郎関係

(1) 原告太郎の昭和六二年における所得税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別表三のとおりである。

すなわち、原告太郎は、同年の所得税の青色申告書でない申告書(以下「白色申告書」という。)に所得金額五五四〇万五〇〇〇円、源泉所得税額二一三七万三九二〇円、納付すべき所得税額四二〇万九三〇〇円と記載して、法定申告期限までに申告したところ、被告玉川税務署長は、平成三年三月二九日付けで、三郎らに対する乙山各社の役員報酬合計二一六〇万円(以下「本件乙山各社役員報酬」という。その内訳は別表一〇のとおりである。)が実質的には原告太郎に帰属したものと認定するなどして、所得金額七五九二万五〇〇〇円、源泉所得税額三三四六万七一六六円、納付すべき所得税額三八三万四一〇〇円とする更正をした。

(2) 原告太郎の昭和六三年における所得税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別表四のとおりである。

すなわち、原告太郎は、同年の所得税の白色申告書に所得金額五五四〇万五〇〇〇円、源泉所得税額一九七九万四〇二〇円、納付すべき所得税額三九一万一七〇〇円と記載して、法定申告期限までに申告したところ、被告玉川税務署長は、平成三年三月二九日付けで、本件乙山各社役員報酬が実質的には原告太郎に帰属したものと認定するなどして、所得金額七五九二万五〇〇〇円、源泉所得税額三〇七二万一二六八円、納付すべき所得税額四七〇万二五〇〇円とする更正(以下「六三年所得税更正」という。その内訳は別表八のとおりである。)及び過少申告加算税額七万九〇〇〇円とする賦課決定(以下「六三年所得税決定」といい、六三年所得税更正と併せて、以下「六三年所得税処分」という。)をした。

(3) 原告太郎の平成元年における所得税の申告及びこれに対する更正等の経緯は、別表五のとおりである。

すなわち、原告太郎は、同年の所得税の白色申告書に所得金額五五四〇万五〇〇〇円、源泉所得税額一八八四万七八三八円、納付すべき所得税額四四一万三六〇〇円と記載して、法定申告期限までに申告したところ、被告玉川税務署長は、平成三年三月二九日付けで、本件乙山各社役員報酬が実質的には原告太郎に帰属したものと認定するなどして、所得金額七五九二万五〇〇〇円、源泉所得税額二八六四万六五八八円、納付すべき所得税額四一九万九九〇〇円とする更正((1)の更正と併せて、以下「本件各減額更正」という。)をした。

(4) 原告太郎の本件各減額更正及び本件所得税処分に係る異議申立て及び審査請求の経緯は別表三ないし五のとおりであり、その裁決書謄本は平成六年六月二〇日ころ原告太郎に送達された。

(5) 本訴において原告太郎は、本件所得税更正(別表八)について総所得金額に対する加算項目及び同減算項目のうち順号<5>を否認し、本件乙山各社役員報酬は三郎らに帰属することなどから、昭和六三年の所得金額、源泉所得税額及び納付すべき所得税額は、別表四の順号1の申告時どおりとなると主張する。

第三  争点に関する当事者の主張

一  本件各減額更正の取消しを求める訴えの利益の有無

1 被告玉川税務署長の主張

所得税に係る課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額、すなわち、居住者に対して課される所得税の額(以下「算出所得税額」という。)から源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額(以下「源泉所得税額」という。)を控除した金額に相当する所得税額(以下「納付所得税額」という。)の適否であって、仮に税務署長の所得の源泉の認定等に誤りがあったとしても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法である(最高裁平成四年二月一八日第三小法廷判決・民集四六巻二号七七頁参照)。

また、源泉徴収による所得税と申告所得税とは、納税義務者、納税義務の成立・確定の時期及び手続等において全く異なるものであり、両租税債務は、法律上同一性がない全く別個のものであること、源泉徴収による所得税の納税義務に関しては、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係を生じないことからすれば、受給者が申告に際し納付所得税額を計算するに当たり、算出所得税額から源泉所得税額を控除することとされている趣旨は、これにより申告納税制度と源泉徴収制度との調整を図る点にあり、納付所得税額の計算に当たり源泉所得税の徴収・納付における過不足の清算を行うことは所得税法の予定するところではないと解されるし、納付所得税額の計算上控除すべき源泉所得税額も、支払者が現実に源泉徴収した額ではなくて、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収された又は徴収されるべき所得税額をいうことになる。

しかるに、本件各減額更正は、いずれも本件乙山各社役員報酬が原告太郎に帰属するとしたため、所得金額及び算出所得税額を申告額より増加させたものの、所得金額の増加分と認定された部分に係る源泉所得税額も増加した結果、納付所得税額が減少したものである。

したがって、本件各減額更正は、審判の対象である納付所得税額について申告額を下回るのであって、これによって原告太郎には何ら新たな不利益は課されていないのであるから、原告太郎には、本件各減額更正の取消しを求める訴えの利益がない。

2 原告太郎の主張

更正は、課税標準等又は税額等を対象として行われ(国税通則法二四条)、右「税額等」の中には「納付すべき税額」(同法二条六号ニ)が含まれるところ(同法一九条一項)、右「納付すべき税額」とは算出所得税額をいい、これから更に源泉所得税額等を控除した納付所得税額をいうのではない。

そして、本来源泉所得税額等は、年税額の予定として納税されたものであって、確定申告によって清算される建前になっており、算出所得税額から源泉所得税額を控除した残額である納付所得税額を申告納税するのは、単なる清算手続にすぎない。

よって、更正により算出所得税額が増額された場合には、控除すべき源泉所得税額が増額された結果納付所得税額が減少した場合であっても増額更正であり、納税者にとっては不利益処分である。

また、源泉徴収による所得税については、受給者は支払者との間でしか源泉所得税額に相当する金額の支払義務の存否・範囲を争い得ないのであるから(最高裁昭和四五年一二月二四日第一小法廷判決・民集二四巻一三号二二四三頁参照)、国との間でその存否・範囲について争う余地のない源泉所得税額を控除した後の納付所得税額を更正の対象とすることは、受給者が自ら変更を求める余地のない金額が更生に含まれることになるのであって、全ての更正につき不服申立ての機会が与えられるという法の建前に反し、著しく不合理である。

さらに、更正によって増加した源泉所得税額は、最終的には受給者が負担しなければならないのであり、支払者はいわばパイプにすぎないのであるから、真の納税者である受給者が算出所得税額の判断を求める機会を奪うべきではない。

したがって、訴えの利益の有無は算出所得税額を基準にして判断すべきものであるところ、本件各減額更正は昭和六二年及び平成元年の各総所得金額及び算出所得税額を増額するものであるから、原告太郎はその増差額部分の取消しを求める訴えの利益がある。

二  本件法人税処分の適法性

1 被告新宿税務署長の主張

(一) 本件更正理由の適否について

青色申告に係る法人税について更正をする場合には更正通知書に理由を附記すべきものとされているが(法人税法一三〇条二項)、更正の理由が帳簿書類の記載を信用できないとするものである場合(以下「帳簿否認」という。)と、帳簿書類に記載された事実を前提に新たな評価を加えたり、帳簿書類に記載されている法的評価の部分を否認するものである場合(以下「評価否認」という。)とで、要求される理由附記の程度には差がある。

すなわち、帳簿否認の際には、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけではなく、そのような更正をした根拠を帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することによって具体的に明示することを要するが、評価否認の際には、右更正は納税者による帳簿の記載自体を覆すものではないから、更正通知理由書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意の抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正の理由附記として欠けることはない(最高裁昭和六〇年四月二三日第三小法廷判決・民集三九巻三号八五〇頁参照)。

これを本件更正理由についてみるに、右理由附記は、被告新宿税務署長が、<1>三郎らが原告会社の取締役であること及び<2>本件原告会社役員報酬が役員報酬として三郎らに支払われたことを否認するのではなく、本件原告会社役員報酬が三郎らに対し役員報酬として支払われているとの帳簿書類に記載された事実を前提としつつ、これを新たな法的評価を加えて、法人税法上は原告太郎に対する役員報酬と認められるものと評価判断したことを示しているから、法人税更正が評価否認であることは明らかである。

そこで、本件更正理由が、帳簿書類の記載について納税者と法的評価を異にして更正する場合に必要とされる理由附記の程度に至っているか否かについて検討するに、本件に係る更正通知書においては、<1>更正する勘定科目及びその金額、<2>三郎らはいずれも米国の高校若しくは大学又は日本の中学に就学中の未成年者であり、取締役等として経営に参画していないこと、<3>本件原告会社役員報酬の振込先である三郎ら名義の普通預金口座は代表取締役である原告太郎が管理していること、<4>法人税法上の役員報酬の支給限度額を超えていることなどが記載された上、これらの事実によれば、本件原告会社役員報酬が実質的には代表取締役である原告太郎の報酬と認められ、法人税法上損金に該当する役員報酬とは認められないとの法的評価の判断が行われたことが明示されており、更生処分庁の恣意の抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示されているから、更正の理由附記として何ら欠けるところはない。

また、本件法人税更正が帳簿否認の趣旨と解されたとしても、本件更正理由には理由附記として不備はない。すなわち、本件更正理由には、三郎らの生年月日、三郎らが米国の大学若しくは高校又は日本の中学で勉学中であり、各二四〇万円、合計七二〇万円が役員報酬として支払われている事実、代表取締役である原告太郎が本件原告会社役員報酬の振込口座である三郎ら名義の普通預金口座を支配管理している事実、取締役会の決議による役員報酬の支給限度額を超えている事実が具体的に記載されている。そして、これらの事実の記載内容からして、事実を認定した根拠となった資料はいずれも明らかないしは当然推認されるものであるから、帳簿否認の場合に必要とされる資料の摘示はされているものと評価できる。仮に、資料の摘示として本件更正理由のような事実の記載だけでは足りず、証拠方法の記載が必要であるとするならば、たとえば三郎の生年月日の記載があったとしても、「同人の戸籍謄本によれば」との摘示がない以上理由不備があるという結論になりかねないのであって、その不合理なことは明白である。

さらに、いくつかの間接事実をもって帳簿書類に記載された事実を否認する場合の資料はいわゆる間接証拠であって、帳簿書類の証明力との比較は困難であるから、かかる場合には、帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料の摘示を要するとの原則は妥当しないのである。

したがって、いずれにしても、本件更正理由には理由不備の違法はない。

(二) 本件訴訟における理由の差し替えの適否について

更正処分庁が訴訟において更正通知書に附記された理由以外の主張をすることが許される要件は、課税要件事実の基本的部分が共通であること、主張の変更を許しても、被処分者の訴訟上の防御活動に実質的な不利益を与えないことである。

そして、被告新宿税務署長は、原処分においては過大役員報酬の損金不算入規定(法人税法三四条一項)の適用を、本件訴訟においては同族会社の行為又は計算の否認規定(同法一三二条一項、以下「本件否認規定」という。)の適用をそれぞれ主張するものである。

しかるに、原処分に係る課税要件事実は、<1>三郎らがいずれも米国の高校又は大学及び日本の中学に就学中の未成年者であり、取締役等として経営に参画していないこと、<2>本件原告会社役員報酬の振込先である三郎ら名義の普通預金口座は代表取締役である原告太郎が支配管理していること、<3>法人税法上の役員報酬の支給限度額を超えていることであるのに対し、本件訴訟に係る課税要件事実は、三郎らがいずれも就学中であり、取締役等の職務を遂行できるとは考えられないことなどから、三郎らに対して役員報酬を支払うことは、経済的実質的見地において、通常の経済人の行為として不合理かつ不自然なものと認められることであって、課税要件事実の基本的部分はいずれも共通であり、結論として本件原告会社役員報酬の全額を法人税法上損金の額に算入できないと主張しているのである。しかも、本件訴訟における争点は、本件更正理由と同様、本件各事業年度の全期間を通して大学生ないし中学生として海外等で就学中の三郎らを取締役等に選任し、役員報酬を支払うという行為又は計算が、経済的実質的見地において通常の経済人の行為として不自然かつ不合理なものと認められるか否かという法的評価の問題であって、理由の差し替えを許しても原告会社の訴訟上の防御活動に実質的な不利益を与えるものではない。

したがって、本件訴訟における処分理由の差し替えは許される。

(三) 本件原告会社役員報酬の支払の本件否認規定該当性について

本件否認規定による課税の要件は、同族会社の行為又は計算で、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあることであるが、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるか否かは、専ら経済的実質からみて、法人の行為又は計算が通常の経済人の行為として不合理かつ不自然なものと認められるかどうかを基準として判断すべきものである。

本件原告会社役員報酬の支払について右要件を検討するに、原告会社は同族会社であって、三郎らが取締役等に就任したとする昭和六一年六月当時、三郎及び四郎は米国の高校に、春子は日本の中学にそれぞれ就学中であり、取締役等としての職務を遂行できるとは考えられないうえ、議事録上三郎らが出席したことになっている取締役会の開催日当日も、三郎らは現実には海外に出国中だったのであるから、右議事録の記載には信憑性がない。

したがって、原告会社が三郎らに本件原告会社役員報酬を支払うことは、経済的実質的見地において不合理かつ不自然なものというべきであるから、本件否認規定により、本件原告会社役員報酬の損金算入を否認し、所得金額に加算した本件法人税処分は適法である。

2 原告会社の主張

(一) 本件更正理由の適否について

帳簿否認と評価否認の区別、及び右各否認において要求される理由附記の程度については、一般的には被告新宿税務署長の主張するとおりである。

しかしながら、本件更正理由は、本件原告会社役員報酬を、実質的に原告太郎の報酬と認めるものであって、単に勘定科目と額のみならず、その支払先に係る帳簿記載(法人税法施行規則五四条、別表二〇)をも否認するものであるから、帳簿否認に該当することは明らかである。

よって、本件法人税更正に係る更正理由書には、そのような更正をした根拠を帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することにより具体的に明示することを要する。

そこで、本件更正理由が右要件を具備しているか否かについて検討する。

本件更正理由には、被告新宿税務署長の判断根拠事実として、概要、<1>三郎らがいずれも勉学中であり、取締役として原告会社の経営に参画していないこと、<2>本件原告会社役員報酬の振込口座である三名名義の普通預金は原告太郎が管理していること、<3>取締役会で各人ごとの「報酬限度額」及び「当面の支給額」を決議しているが、「当面の支給額」を法人税法上の支給限度額とみるのが相当であることの各事実が記載されている。

しかしながら、<1>は三郎らの職務従事に関する記載、<3>は支給限度額を超えることに関する記載であって、いずれも本件原告会社役員報酬が原告太郎の報酬になるという認定とは無関係である。また、<2>の記載についても、いかなる普通預金口座の支配管理であったかの特定がされていないうえ、預金の支配管理があったとしても、本件原告会社役員報酬の帰属に関する判断については格別、当該金員が役員報酬として原告会社から原告太郎に支払われたと判断することは論理的に不可能であって、当該金員の支払名目については、原告会社側の事情、報酬支払の経緯等を論じることが必要であり、更正理由通知書にもその記載が不可欠なはずであるから、当該記載を前提としても、本件原告会社役員報酬が原告太郎の報酬と認められるとの結論を導くのは不可能である。

よって、本件更正理由は、反対資料の摘示と、判断過程の具体的説明のいずれをも欠いていることになる。

さらに、本件更正理由の<3>についていえば、過大役員報酬(法人税法三四条一項)として損金算入を否定される額は、同法施行令六九条二号によれば、定款の規定又は株主総会等の決議により報酬として支給できる金額を超える額のことであって、取締役会で決議された「当面の支給額」を超える額ではないから、本件更正理由には判断の過程に誤りが存する。

加えて、六三事業年度に係る更正理由通知書中には、春子が原告会社の取締役であるとの記載部分があるが、春子は昭和六三年三月二五日に監査役に就任しているのであって、この点についても本件更正理由には瑕疵がある。

したがって、本件更正理由は、単に三郎らに支給したとされる本件原告会社役員報酬が実質的に原告太郎に対する報酬と認められるとするのみであるから、理由不備の違法がある。

(二) 本件訴訟における理由の差し替えについて

理由の差し替えが認められるとすれば、処分の附記理由としては事実の裏付けのないものでも記載するだけで瑕疵のないものとなり、後の訴訟の段階までに調査を尽くして理由を差し替えればよいこととなって、本来許されない理由附記の瑕疵の治癒を認めることになるし、理由附記の趣旨が被処分者に不服申立ての便宜を与えることであり、被処分者としては附記理由を手掛りに提訴の要否を検討し、準備するものであるのに、訴訟の場で処分庁が先に提示した理由とは異なる理由を持ち出せるというのでは安んじて不服申立てや提訴ができず、理由附記制度の趣旨を没却するから、理由の差し替えは、本来許されない。

仮に、訴訟における理由の差し替えが許されるとしても、本件更正理由における課税要件事実の基本的部分が、原告会社より原告太郎に対して本件原告会社役員報酬が支払われ、原告太郎の役員報酬額については過大役員報酬額と認定されたことであるのに対して、本件訴訟における被告新宿税務署長の主張に係る課税要件事実の基本的部分は、三郎らが米国の高校等に就学中の未成年者であり、取締役等として経営に参画していないことであって、両課税要件事実は全く異なる。また、原告会社は、本件更正理由を前提に、本件法人税処分における実質的な争点は、本件原告会社役員報酬が原告太郎に帰属するか否かとの点にあるものと考え、これを前提として不服申立てや本件訴訟の提起をしたのに、本件訴訟における被告新宿税務署長の主張を前提とすれば、本件の主たる争点は、本件各事業年度を通じて大学生ないし中学生として海外等で就学中の三郎らを取締役等として選任し、本件原告会社役員報酬を支払うという行為又は計算は、経済的実質的見地において通常人の行為として不合理かつ不自然なものと認められるか否かという法的評価の問題となるのであって、両争点は全く異なることになるから、理由の差し替えが認められれば、原告会社には著しい防御上の不利益を受けることになるのである。

したがって、本件訴訟における右のような処分理由の差し替えは許されない。

(三) 本件原告会社役員報酬の支払の本件否認規定該当性について

法律上の取締役とは、株主が、その意思に基づいて株主総会で選任した者をいい、商法上は、未成年者であることは取締役の欠格事由とはされていないし(二五四条の二)、未成年者たる取締役といえども、会社債権者その他第三者に対する法的責任(二六六条の三)等を成年者たる取締役と同様に負担する。また、取締役は、右法的責任等に対する対価として、株式会社との委任契約に通常伴う明示又は黙示の特約によって株式会社に対する役員報酬請求権を取得する。なお、右の理は、監査役についても同様である(二八〇条)。

そして、三郎らは、株主総会において適法に原告会社取締役として選任され、かつ、昭和六一年六月三日に開催された取締役会における決議に基づき、非常勤取締役として報酬額が他の常勤取締役に比して低額の月額二〇万円と決せられたのであり、春子については、その後株主総会において適法に原告会社監査役として選任され、かつ、昭和六三年三月二五日の監査役会決議により、その報酬額が決せられたのであって、右報酬額は相当である。

これに対し、被告新宿税務署長は、三郎らの就学状況や年齢等からすると、三郎らを取締役に選任することは経済人の行為として不合理、不自然であると主張する。しかしながら、商法の規定に照らせば、三郎らが原告会社の取締役になるか否か、三郎らが取締役としての適性を有するか否か等は三郎ら及び株主の私的自治の問題であって第三者が介入すべき問題ではないし、三郎らが原告会社取締役に選任されれば当然に原告会社に対する役員報酬請求権が発生するのである。また、三郎らは常勤取締役の職務が適切にされているかどうかを判断するための能力を有していたし、委任契約に基づく取締役としての職務は、雇用契約上の労務の供給と異なり、一定の場所及び時間において使用者からの指示に従って業務の遂行を行うことではないのであるから、海外からでも適切に常勤取締役の職務の遂行を監督することは可能であり、この点は、監査役の職務についても同様である。

したがって、本件各事業年度において本件原告会社役員報酬を損金の額に算入した原告会社の行為が否認される理由はない。

三  六三年所得税処分の適法性

1 被告玉川税務署長の主張

(一) 実質課税の原則について

租税負担の公平を図るためには、税法の解釈・運用又は事実認定に当たっては、法文の文理解釈や行為の形式よりも、経済的実質に着目して判断しなければならない(実質課税の原則)。すなわち、税法上所得を判定するについては、単に当事者によって選択された法律形式だけでなく、その経済的実質をも検討して判定すべきであり、当事者によって選択された法律的形式が経済的実質からみて通常採られるべき法律的形式とは一致しない異常のものであり、かつ、そのような法律的形式を選択したことにつきこれを正当化する特段の事情がない限り、租税負担の公平の見地から、当事者によって選択された法律的形式には拘束されるべきではない。

(二) 本件乙山各社役員報酬の帰属について

本件の以下のような事実関係に照らせば、本件乙山各社役員報酬は経済的実質からみて原告太郎に支払われたものと認めるべきであり、所得税法上は原告太郎の所得であると認められる。

(1) 三郎らは、乙山各社の取締役に就任以降、昭和六三年までは米国の高校及び日本の中学に就学中であり、かつ、日本に帰国していた期間が短期間であるから、乙山各社の事業内容、経営状態等の実態を把握し、取締役会において意見を述べ、議決権を行使し又は監査役の職務を遂行し得る状況にあったものとはいえず、その具体的事実も認められない。

(2) 乙山各社を代表取締役等として実質的に支配・管理していたのは原告太郎であり、同人は、その支配・管理を通じて三郎らを乙山各社の取締役等に選任し、本件乙山各社役員報酬を支払うことにしたものと認められる。また、乙山は、別表九のとおり、昭和六三年一二月三一日までに増資を少なくとも三回行っているところ、その増資に係る三郎らの増資払込は、その大部分が丁原からの借入金によっており、右借入金は昭和六三年一二月三一日に至っても一切返済されておらず、増資当時の三郎らの年齢や収入を考慮した場合、これらの行為は原告太郎が指示して行ったものとみるのが自然であるから、これらの増資により三郎らが乙山の発行済み株式の大半を所有することになったとしても、三郎らがその株主として乙山を支配・管理していたものとは認められない。

(3) 本件乙山各社役員報酬は、三郎らのそれぞれの名義の普通預金口座に振込まれているが、同口座からは三郎らの住民税の支払のための出金があるものの、その他に三郎らが自ら入出金を行った事実は認められず、かえって、昭和六二年三月三日に原告太郎から三郎らの口座に各三〇〇万円が振込まれており、当該金員について三郎らが贈与税の申告を行っていないことからすれば、三郎ら名義の普通預金口座は原告太郎が支配・管理していたものと認められる。

(三) 本件法人税更正と六三年所得税更正の関係について

なお、法人税に係る更正と所得税に係る更正とは全く別個の処分であり、課税要件も全く異なっているのであるから、本件法人税処分において、三郎らへの本件原告会社役員報酬の支払という法律的形式を前提にして、本件否認規定によってその損金算入を否認する一方、六三年所得税処分において、実質課税の原則から当事者の選択した法律的形式に拘束されずに、本件乙山各社役員報酬は原告太郎に帰属すると認定したとしても、これらの各処分が相互に矛盾するとはいえない。

(四) したがって、三郎らに対する本件乙山各社役員報酬が実質的に原告太郎に帰属するものと認めて行った本件所得税処分は適法である。

2 原告太郎の主張

(一) 理由附記について

被告玉川税務署長は、本件所得税処分に係る更正通知書に更正の理由を附記しなかったが、法は一般に行政処分には理由附記を要求しており、所得税法上の更正についても、同法一五五条二項の場合に限らず、当然に理由附記が要求されるものというべきであるから、六三年所得税処分は憲法三一条の要求する適正手続に違反する。

(二) 本件乙山各社役員報酬の帰属について

本件の以下のような事実関係に照らせば、本件乙山各社役員報酬が実質的にも三郎らに帰属することは明らかである。

(1) 六三事業年度における本件原告会社役員報酬が非常勤取締役に対する役員報酬として相当なものであったことは、二2(三)記載のとおりである。

(2) 乙山は、昭和六一年七月二一日に開催された取締役会で各取締役の報酬の配分を決したが、三郎らに対する報酬額については、三郎らが非常勤取締役であることから、常勤取締役に比して低額な月額二〇万円とされたものであって、右金額は取締役の職務執行及び責任の対価として相当である。

(3) 丁原は、昭和六一年七月三〇日に開催された取締役会で各取締役の報酬の配分を決したが、三郎らに対する報酬額については、三郎らが非常勤取締役であることから、常勤取締役に比して低額な月額一〇万円とされたものであって、右金額は取締役の職務執行及び責任の対価として相当である。

(4) 戊田は、昭和六一年七月二一日に開催された取締役会で各取締役の報酬の配分を決したが、三郎らに対する報酬額については、三郎らが非常勤取締役であることから、常勤取締役に比して低額な月額一〇万円とされたものであって、右金額は取締役の職務執行及び責任の対価として相当である。

(5) これに対し、被告玉川税務署長は、乙山各社を実質的に支配・管理しているのは原告太郎であるなどとして、本件乙山各社役員報酬は原告太郎に帰属するものと主張する。

しかしながら、株式会社を形式的にも実質的にも支配しているのは株主であり、殊に原告各社のような同族会社においては役員の選任について株主の意思が端的に反映されるものであるところ、三郎らは乙山各社の大株主であるから、乙山各社を支配しているのは三郎らである。これに対し、僅かな株式しか有していない原告太郎は、単に代表取締役等として業務を分担していたにすぎない。

また、乙山の増資に係る三郎らの払込金が丁原からの借り入れに基づき、かつ、その返済が直ちには行われていないとしても、そのような事態は経済社会においてしばしばみられることであるし、仮に、右借り入れ等の手続が原告太郎によって行われたとしても、それは原告太郎が三郎らの法定代理人として行ったにすぎないものであって、その法的効果はあくまで三郎らに帰属するのである。

さらに、三郎らが本件乙山各社役員報酬の振込先である普通預金口座から入出金を行わなかったのは、三郎らが海外留学中であったからにすぎないし、原告太郎は右口座に振込んだ金員について贈与税の申告を行っているのであるから、原告太郎が三郎ら名義の前記預金口座を支配・管理していたとはいえない。かかる預金口座の支配・管理という事実を主張するのであれば、最低限当事者間における金銭の移動の実質的な理由及び支配・管理者が右預金を自己のために費消した事実の主張・立証が必要であるが、被告玉川税務署長は、右の点について何ら主張・立証を行っていない。

(三) したがって、本件乙山各社役員報酬が原告太郎に帰属するものとしてされた六三年所得税処分は違法である。

第四  争点に対する判断

一  争点1(本件各減額更正の取消しを求める訴えの利益)について

1 一般に、処分の取消訴訟における訴えの利益は、当該処分がその公定力によって有効なものとして存在しているために生じている法的効果を除去することによって、回復すべき権利又は法律上の利益があると認められる場合にのみ、その存在を肯定することができる。

2 ところで、所得税法一二〇条一項の規定により確定申告をする居住者に、総所得金額若しくは退職所得金額又は純損失の金額の基礎となった各種所得につき同項五号の「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」がある場合には、これを算出所得税額から控除して納付所得税額を計算し、これを国に納付しなければならないものとされている(一二八条)。そこで、本件のように、更正によって給与所得金額及び算出所得税額が増加したものの、これによって当該更正における計算上の源泉所得税額も増加したために、結果として納付所得税額が申告額より減少した場合の当該更正の取消しを求める訴えの利益の有無は、既に説示したところに照らせば、当該更正の公定力が算出所得税額及び計算上の源泉所得税額についても生じているのか、それとも納付所得税額についてのみ生じているのかによって決せられることが明らかである。

3 そこで、右の点について検討する。

所得税法一二〇条一項五号によれば、納付所得税額の計算上、確定申告において記載すべき「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、同法の源泉徴収の規定(第四編)に基づき正当に徴収をされた又はされるべき所得税の額を意味するものと解される(一〇三条参照)。そして、源泉徴収による所得税について徴収・納付の義務を負う者は源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ、その納税義務は、当該所得の受給者に係る申告所得税の納税義務とは別個のものとして成立、確定し、これと併存するものである。

そうすると、支払者が現実に徴収・納付した源泉所得税額が正当な源泉所得税額より不足していたとしても、申告における税額の計算に当たって右不足額を清算することは想定されておらず、受給者は正当な源泉所得税額を控除すれば足りるし、源泉所得税額に不足があるとして、税務署長が源泉徴収義務者たる支払者から当該不足分を徴収し(二二一条)、支払者が右徴収を受けた分について受給者に対して求償した(二二二条)としても、受給者は、何ら特別の手続を要することなく、右求償債務の不存在を支払者に対して主張し、あるいは求償に応じた後にもその返還を支払者に求めることができるものというべきである(最高裁平成四年二月一八日第三小法廷判決・民集四六巻二号七七頁参照)。

そうであるとすれば、更正によって算出所得税額が増加し、また、これによって当該更正に係る計算上の源泉所得税額が増加したとしても、これのみでは受給者は何ら不利な法的効果を受忍すべき地位には立たないものということができる。

したがって、右のような更正の公定力は、納付所得税額についてのみ生じ、源泉所得税額については生じていないものと解すべきである。

4 本件についてこれをみるに、本件各減額更正は、算出所得税額及び計算上の源泉所得税額をそれぞれ増加させるものの、納付所得税額を減少させるものであることは当事者間に争いがなく、また、弁論の全趣旨によれば、本件各減額更正において控除されている源泉所得税額は、所得税法第四編の規定に基づき正当に徴収をされた又はされるべき額を下回らないものと認めることができるから、原告太郎には、本件各減額更正を取り消すことによって回復すべき権利又は法律上の利益が認められない。

5 これに対し、原告太郎は、更正の対象である「納付すべき税額」とは算出所得税額であると主張する。しかしながら、国税通則法二四条が規定する更正の対象である「税額等」とは、同法二条六号ニからヘまでに掲げる事項をいうのであって(同法一九条一項各号列記以外の部分)、同号は、申告納税方式による国税に関する申告書について、各個の国税に関する法律による申告書の規定における記載事項として「納付すべき税額」(同号ニ)を掲げるところ、所得税における申告書の記載事項は所得税法一二〇条が規定し、同法一二八条は、確定所得申告に係る所得税において源泉所得税額がある場合において、算出所得税額(同法一二〇条一項三号)ではなく納付所得税額(同項五号)を納付すべき旨を定めているのであるから、右主張が採用できないことは明らかである。

また、原告太郎は、納税者が国との間でその存否・範囲について争う余地のない源泉所得税額を控除した後の納付所得税額を更正の対象とすることは、全ての更正の内容につき不服申立ての機会が与えられるという法の建前に反し許されないとも主張するが、計算上の源泉所得税額が過大であったとしても、納税者はこの源泉所得税額に拘束されるものではなく、支払義務者に対しては正当な源泉所得税額を主張することができ、源泉所得税額が過大であるときは支払義務者においてこれを争うことができるのであるし、課税行政庁が源泉所得税額を過少に見積もったことなどによって、更正に係る納付所得税額が正当額を上回る場合には、更正に係る納付所得税額と正当額との差額についてその取消しを求め得るのは当然であるから、右主張は失当である。

6 したがって、原告太郎の訴えのうち本件各減額更正の取消しを求める部分は、訴えの利益が認められないから、いずれも不適法である。

二  争点2(本件法人税処分の適法性)について

1 本件更正理由の適否について

(一) 青色申告に係る法人税について更正を行う場合には、更正処分庁は更正通知書に更正の理由を附記しなければならない(法人税法一三〇条二項)が、それは、法が青色申告制度を採用し、青色申告に係る所得の計算については、それが法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨にかんがみ、更正処分庁の判断の慎重性、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を被処分者に知らせてその不服申立ての便宜を与えるためであると解される。したがって、右の理由附記においては、更正処分庁の判断過程を具体的に明示するとともに、その判断が課税行政庁の把握した事実に基づく場合には、その事実認定が単なる推測、憶測に基づくものではなく、相応の根拠を有するものであることを示し得る程度に、右認定を裏付ける資料を摘示すべきものである。そうすると、青色申告書における帳簿書類の記載を否認して更正をする帳簿否認の場合においては、附記理由において、そのような更正をした根拠を具体的に明示し、かつ、右認定に至る過程で収集された、帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示する(帳簿記載事実に反する事実について信憑力ある資料を摘示する)ことを要するものというべきであり、帳簿記載事実又は帳簿記載において前提とする事実に基づいて、単にその評価のみを否認する場合には、そのような評価判断に至った過程自体を、また、更正処分庁の把握した事実を加えて異なる評価をしたときは、その事実の根拠について、やはり、更正処分庁の恣意の抑制及び相手方の不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨に適う程度に具体的に説明又は摘示する必要があるものと解すべきである。

これに対し、被告新宿税務署長は、帳簿否認の場合でも、複数の間接事実をもって帳簿記載事実を否認する場合には、その間接事実を基礎づける間接資料と帳簿書類の記載との信憑力の比較ができないから、右の理は妥当しない旨主張する。確かに、帳簿に記載された事実を直接否定する更正ではない場合には、複数の間接事実による推認によらざるを得ないことは、指摘のとおりである。しかしながら、その場合であっても、更正の理由とされた事実については事実的資料を摘示すべしとする理由附記制度の趣旨からすれば、公知又は顕著な事実以外の事実については、その資料が一般的に明らかであったり、又は当然に推定されるものを除き、事実認定の根拠となった資料を摘示したうえ、それらの間接事実から帳簿記載の事実を否認したことに信憑性があると判断できる程度に判断過程を記載すべきものであって、事実に関する資料の摘示又は理由の信憑性が問題とならないわけではない。

(二) 本件更正理由は、前記のとおりであって、その骨子は、本件原告会社役員報酬は原告太郎に実質的に帰属する、取締役会で決議されている役員報酬に係る「当面の支給額」が法人税法施行令六九条二号所定の支給限度額に当たるとし、よって本件原告会社役員報酬の全額を原告太郎に対する過大な役員報酬と認定する、というものである。そして、本件原告会社役員報酬の原告太郎への実質的帰属の理由として、<1>三郎ら三名は就学中であり、取締役として経営に参画していないこと、<2>役員報酬の振込口座である三郎らの普通預金は原告太郎が支配管理していることが掲げられ、<3>三郎らの原告太郎との続柄、生年月日、就学中の学年次、役員報酬額が摘示されている。

右記載によれば、「実質的に」との表現がいかなる内容を含むものであるかは必ずしも明確とはいい難いが、本件更正理由は、本件原告会社役員報酬が法律的にみて原告太郎に帰属しているとするものではなく、原告太郎が三郎らの父であり原告会社の代表取締役であることを前提に、右<1>及び<2>の事実を総合すると、法律形式に関わらず経済的な利益の支配という点では原告太郎が本件原告会社役員報酬による利益を享受しているとするものである。そして、ある会社の代表取締役が、生計を一にしている子女を当該会社の役員に選任したうえ、子女の役員報酬として実質的には自ら役員報酬を受領して所得分割を図るということは一般的な経験則としては充分に想定できることを考慮すれば、<1>ないし<3>の事実関係が仮に真実であるとした場合、三郎らの親権者であり原告会社の代表取締役でもある原告太郎が、本件原告会社役員報酬に係る経済的利益を事実上享受しているものと帰結することも不合理とはいえないものと解される。そうすると、右のような経済的な利益の支配を重視する立場の当否は別として、右理由の記載は、合理的判断過程を示しているものということができる。

利益又は収益の法律的帰属ではなく、具体的事実関係における経済的実質的観点を重視するこのような立場は、本件更正理由を評価否認であって帳簿否認ではないとする被告新宿税務署長の主張の前提となっているものであり、また、被告玉川税務署長が六三年所得税処分の適法性に関して、実質課税の原則として主張するところと同一であるということができ、この立場の当否については異論があるとしても、かかる立場は課税実務上もしばしば主張される一応の根拠を有する見解であると認めることができる。ところで、理由附記の趣旨は更正処分庁の判断の恣意の排除等に加え、不服申立ての便宜にあるのであって、理由附記の程度が右の趣旨に沿うものであれば、附記された理由の内容自体が不当、違法であると解されるとしても、理由附記に違法があることにはならない。したがって、実質課税の原則に関する右の立場が不当であるとしても、右のような解釈上の立場が一応の根拠を有する見解として存在する以上、理由附記の程度については、この立場において、理由附記の趣旨に適合しているか否かを判断すべきことになる。

もっとも、課税要件等の認定について経済的実質的観点を重視する立場による場合であっても、本件更正理由は、帳簿書類に記載された事実を否定するものではないものの、これと異なる複数の事実に基づいて、帳簿書類に記載された事実とは異なる「実質的」な利益帰属を認定しているものであるから、理由附記制度の趣旨に照らせば、本件更正理由に記載された間接事実に関する事実的基礎については、その根拠資料を摘示すべきである。

なお、原告会社が引用する当裁判所平成二年(行ウ)第一二〇号・平成五年三月二六日判決・行裁集四四巻三号二七四頁は、右<1>ないし<3>の記載がなかった事案に関するものであって、本件で参照するには適当ではない。

(三) そこで、本件更正理由を検討すると、原告太郎が原告会社の代表取締役であり三郎らの父親であることは、法人登記簿又は戸籍謄本等により確認可能な事実であるから、この点について資料を摘示する必要はなく、三郎らが就学中であることも容易に確認可能な事実であって、三郎らの生年月日及び学年次が具体的に記載されていることからも、この事実について資料を摘示しないことを不当とすることはできない。また、就学中の未成年者が営利法人の取締役として事務を遂行することは一般に考え難いことからすると、三郎らが取締役として経営に参画しないとの事実については推論の基礎となる事実の摘示があるものというべきである。また、三郎らの普通預金口座についてはその口座元帳等の資料が参照されるべきことが予想されるところ、「取締役報酬の振込口座である三名名義の普通預金」との記載で特定は足りているものと認められ、原告太郎の原告会社における地位、三郎らとの身分関係も摘示されていることからすると、当該預金を原告太郎が支配管理しているとの事実についても推論の基礎となる事実の摘示があるものというべきである(なお、原告会社は、春子について六三事業年度の途中から監査役に就任していることの記載がないとするが、右事実は、本件更正理由において特に重要とは認められないから、更正処分庁の恣意性の排除及び不服の便宜という理由附記制度の趣旨に照らして、理由附記の違法を招来するものとは解されない。)。そうすると、課税要件事実等を経済的実質的に解釈する立場の当否は格別、本件更正理由は、推論の過程と事実的根拠を明らかにしたものとして、理由附記の程度において違法ということはできないものと解される。

(四) もっとも、右のような経済的実質を重視する立場は定説として確立しているものではなく、実質課税の原則に基づくものと解される法人税法における実質帰属者課税の原則(一一条)は、収益の表見的帰属者が単なる名義人であり、その収益を享受しない場合に、その収益を享受している法人をもって収益の帰属者とするものであって、収益を享受するとは、法律形式の外観(表見的法律関係)にかかわらず真実の法律関係に従うとするものであるとの見解(法律的帰属説)も有力である。加えて、右条文は法人税課税の前提となる損金に係る取締役報酬の帰属について規定するものではないのであって、経済合理的観点から事実を擬制する制度としては本件否認規定等が存在することをも考慮すれば、法人税の計算における取締役報酬の帰属について、「経済的」あるいは「実質的」といった曖昧な判断基準を持込むことが相当であるとは認められない。そうであるとすれば、本件否認規定のように経済合理性に基づいて事実を擬制する場合を除けば、実質課税原則の趣旨とするところは、表見的法形式にとらわれずに、真実の法的帰属に従うべきものとすることにあるというべきである。したがって、本件原告会社役員報酬が原告太郎に法律的に帰属しないとしながら、実質的に帰属するとの本件更正は、理由附記として違法はないとしても、その内容においては違法と考えられる。

そこで、右立場による場合の理由附記について付言するに、本件原告会社役員報酬が法律的に原告太郎に帰属することの理由としては、本件更正理由が掲げる前記<1>(三郎らは就学中であり、取締役として経営に参加しないこと)、<2>(三郎らの振込口座を原告太郎が支配管理していること)及び<3>(原告太郎との続柄、生年月日、就学中の学年次、役員報酬額)のうち、<1>及び<3>については特段の資料の摘示を要しない(該当資料は記載内容から当然に特定・推認することができる)ということができるが、<2>の趣旨は、経済実質的に支配管理しているとの意味ではなく、三郎らの振込口座に入金されている取締役報酬が真実は原告太郎に帰属しているとの意味になるから、この点については、<1>及び<2>の事実を総合しても、かかる認定をすることが当然に合理的とはいえないのであって、原告太郎が当該預金口座から自己の費用を支出した事実又は原告太郎の出納が右口座を介して行われている等の事実、あるいは、他の事実及び資料をもって、当該預金口座が三郎らの名義による原告太郎の口座(他人名義口座)である事実を明らかにする必要があるものというべきである。

(五) 次に、過大役員報酬の算定に係る記載についてみるに、本件更正理由中の「取締役会における「当面の支給額」を法人税法上の「支給限度額」とみるのが相当である」旨の記載は取締役会の決議における「当面の支給額」がなぜ法人税法施行令六九条二号にいう支給限度額に当たるのかについては、その判断の基礎となった具体的事実関係を明示してはいない。しかしながら、同号の趣旨は、役員報酬の額が適正であるかどうかの判定には困難を伴うことから、その判断を第一次的に法人自らに委ね、法人自らが給付しないと定めた部分については法人税法上もこれを損金に当たらないとする点にあるところ、「当面の支給額」についても、右支給額自体が取締役会で決議されている以上、これを超えて原告太郎に役員報酬を支給するためには新たな決議が必要とされるはずであるから、右の記載もこれらのことを前提としたうえで、取締役会における「当面の支給額」の決議が支給限度額に当たるものと認めた趣旨であることを記載したものと解することができる。

この点について、原告会社は、過大役員報酬として損金算入を否認される額は、定款の規定又は株主総会等の決議により報酬として支給できる金額を超える額であって、取締役会決議に係る「当面の支給額」を超える額ではないから、本件更正理由には判断の過程に誤りがあるとも主張する。しかしながら、既に説示したように、この点に関する処分時における被告新宿税務署長の判断に論理的に無理があるとまでいうことはできないし、仮に結果的にみて右「当面の支給額」が本件具体的事実関係の下では法人税法施行令六九条二号所定の支給限度額に当たらないと判断されたとしても、それによって右の理由附記が直ちに違法となるものと解すべきではないから、原告会社の右主張は採用することができない。

したがって、本件更正理由は、法人税更正の法律上及び事実上の具体的根拠並びにその根拠としての取締役会決議の存在を具体的に摘示したものということができ、右決議の存在については取締役会議事録が資料であることが容易に推認できるから、右記載をもって理由附記の趣旨に欠けるところはないというべきである。

(六) 以上によれば、本件更正理由の記載は、法人税法一三〇条二項の要求する更正理由の附記として適切とは解し難いが、なお適法なものというべきである。

2 本件訴訟における理由の差し替えの適否について

(一) 課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における課税行政庁の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ当該課税処分は適法と解すべきであること、白色申告に対する更正の場合でも、それについての異議決定や裁決には理由附記が要求されているにもかかわらず(国税通則法八四条四項、五項、一〇一条一項)、一般的に訴訟における理由の差し替えが許されていることとの均衡などからみて、青色申告に対する更正の取消訴訟においても、更正処分庁は、被処分者に格別の不利益を与える場合でない限り、更正通知書の附記理由と異なる主張を訴訟において主張することが許されるものというべきである。

これに対し、原告会社は、訴訟における理由の差し替えを認めると、理由附記制度の趣旨を没却する旨主張する。確かに、更正処分庁が、理由の差し替えによって救済されることを前提に、敢えて恣意的な理由を記載した場合に、訴訟において更正の根拠となる理由の差し替えを許すことは、更正理由の附記の趣旨に照らして認められないものというべきであるが、青色申告に対する更正における理由附記の不備は更正の取消事由とされ、その不備は後日の裁決等による理由附記によっても治癒されないものと解することによって、更正処分庁の恣意の抑制と不服申立ての便宜付与という法の趣旨は一応担保されるものと考えられるし、被処分者に格別の不利益を与えないような場合にまで理由の差し替えを禁ずる必要はないものと解されるから、原告会社の右主張は採用することができない。

(二) そこで、本件法人税更正において被告新宿税務署長の主張する理由の差し替えが許されるかどうかについてみるに、既に説示したとおり、本件更正理由は、<1>(三郎らは就学中であり、取締役として経営に参加していないこと)、<2>(三郎らの振込口座を原告太郎が支配管理していること)及び<3>(原告太郎との続柄、生年月日、就学中の学年次、役員報酬額)の事実から、本件原告会社役員報酬は原告太郎に実質的に帰属し、取締役会で決議されている役員報酬に係る「当面の支給額」が法人税法施行令六九条二号所定の支給限度額に当たるから、本件原告会社役員報酬の全額を原告太郎に対する過大な役員報酬と認定する、というものであるのに対し、訴訟において被告新宿税務署長が主張する更正根拠は、原告会社が法人税法二条一〇号に該当する同族会社であることに加え、右<1>ないし<3>の事実から、三郎らに対して役員報酬を支払うことは、経済的実質的見地において、通常の経済人の行為として不合理かつ不自然なものと認められることである。そうすると、本件更正理由と本件訴訟における更正の根拠との間には、事実的争点について共通性があり、原告会社が同族会社であることは争いがないのであるから、右理由の差し替えによって原告会社の防御に格別の不利益を与えるものではないと認められる。また、被告新宿税務署長が本件法人税処分時において主張した経済的実質的観点からの評価否認とするか、本件訴訟において主張する同族会社の行為計算の否認とするかによって、理由に附記すべき基本的事実、資料に相違がないこと、及び弁論の全趣旨によれば、本件において、更正処分庁が、理由の差し替えによって救済されることを前提に、敢えて恣意的な理由を記載したと認めることもできない。

また、過大役員報酬かどうかについては、本件訴訟における被告新宿税務署長の主張を前提とすれば判断する必要がないことになるが、右は本件訴訟における争点を本件更正理由より絞るものではあっても、新たな争点を付け加えるものではない。そうであるとすれば、右のような理由の差し替えを認めても、原告会社に格別の不利益を与えることにはならないものというべきである。

(三) したがって、本件訴訟における理由の差し替えは許される。

3 本件原告会社役員報酬の支払の本件否認規定該当性について

(一) 本件否認規定は、内国法人である同族会社は、少数の株主又は社員によって支配され、当該会社の法人税負担を不当に減少させるような行為又は計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持すべく、そのような行為又は計算が行われた場合に、それを正常な行為又は計算に引き直して更正等を行う権限を税務署長に認めるものである。そして、同族会社のある行為又は計算が法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるかどうかは、それが純経済人の行為として不自然、かつ不合理な行為又は計算であって、それによって法人税の負担が減少したかどうかによって決すべきである。

(二) これを本件についてみるに、原告会社が内国法人である同族会社に該当すること、本件各事業年度において、三郎が満一七歳から満一九歳、四郎が満一六歳から満一八歳、春子が満一四歳から満一六歳であったこと、三郎らは本件各事業年度を通じて米国の大学若しくは高校又は日本の中学で就学中であったこと、三郎が本件各事業年度中に本邦に帰国していたのは通算で二〇三日、同様に四郎については一四七日であったこと、原告会社の申告所得金額が、六二事業年度において二三億一八四三万九五〇一円、六三事業年度において一〇億五六八四万四四九九円に達していることについては、いずれも既に摘示したとおりである。

そして、《証拠略》には、三郎らが本邦に帰国していないにもかかわらず、取締役会に出席したものとされている記載がみられることなどからして、右出席状況の記載は信用することができず、他に三郎らが本件各事業年度において原告会社の取締役会に出席したものと認めるに足りる証拠はないし、本件原告会社役員報酬の支払が原告会社の事業遂行上有益であるとの事情もうかがえない。

そうすると、私法上三郎らが取締役等に選任されていたことを前提としても、原告会社程度の規模を擁する株式会社において、年齢、就学状況及び居住状況等に照らし、実質的に業務に参画することがない三郎らのような取締役等に対し本件原告会社役員報酬を支払うことは、その全額について純経済人の行為としては不合理、かつ不自然な行為又は計算といわざるを得ず、本件原告会社役員報酬を損金に算入することは、原告会社の法人税負担を不当に減少させるものというほかない。

(三) これに対し、原告会社は、三郎らが私法上取締役等に選任され、取締役会決議等において報酬額が決定された以上、三郎らが取締役としての適性を有するか否かは三郎ら及び株主の私的自治の問題であると主張するが、本件否認規定は、三郎らの取締役等への就任やこれに対する本件原告会社役員報酬の支払を私法上否認するものではなく、専ら経済実質的観点から本件原告会社役員報酬の支払を法人税法との関係でのみ否認するものであるから、原告会社の主張は失当である。

また、原告会社は、商法上は未成年の取締役等であっても二六六条の三等に規定する損害賠償責任等を負うのであるから、その対価としても三郎らに対する本件原告会社役員報酬の支払は肯定されるべきである旨主張するが、役員報酬は単に取締役等が負うべき損害賠償責任等の対価であるに止まらず、業務遂行全体の対価であるし、右立論によれば、職務遂行をする意思も能力も皆無の取締役に対する役員報酬の支払も、同人が私法上取締役に選任されている限り全て経済合理性を有することになって妥当ではないから、右主張は採用することができない。

加えて、原告会社は、三郎らは常勤取締役の職務遂行を監督するための能力を有していたし、海外からでも適切に右監督能力を行使できたものと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はないし、むしろ、原告会社の規模や、原告会社の代表取締役である原告太郎が三郎らの父親であること、甲一号証及び弁論の全趣旨から、三郎らが原告太郎によって扶養されているものと認められることを総合すれば、勉学の傍ら海外から電話等によって本邦にいる常勤取締役の行動を監視し、その業務遂行の適正を図るのは不可能に近いことは優に推認することができるから、右主張もまた理由がない。

さらに、原告会社は、本件否認規定を適用する場合でも、それによって本件原告会社役員報酬の損金算入を否認するには、右報酬額が原告太郎に帰属したものと認定した上で、これについて過大役員報酬に係る損金不算入の規定(法人税法三四条)を適用すべきである旨主張する。しかしながら、三郎らに対して本件原告会社役員報酬を支払うこと自体が不自然、かつ不合理なのであるとすれば、右支払を否認すれば足り、必ずしも右役員報酬が原告太郎に帰属することまで認定する必要はないものと解されるから、右主張は採用することができない。

(四) したがって、原告会社による本件原告会社役員報酬の支払は、本件否認規定に該当するから、被告新宿税務署長が本件否認規定を適用して右金額の損金算入を否認したことは適法である。

4 そして、法人税更正(別表六・七)のうち加算項目については、本件原告会社役員報酬の損金算入の部分を除いて当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、六三事業年度の更正(別表七)の減算項目に係る原告会社の否認も、本件原告会社役員報酬の損金算入の結果として課税留保金額等が減少するとの趣旨であると認められるから、減算項目の合計額が被告新宿税務署長主張額を上回らないとの点に関しては当事者間に争いがないことに帰する。

以上認定した事実及び当事者間に争いのない事実を総合すれば、法人税更正に係る所得金額は被告新宿税務署長の主張額を下回ることはないものと認めることができる。

そして、法人税更正に係る法人税額の算出についても、別表六及び同七の計算過程に誤りは認められないから、結局、本件法人税更正は適法なものというべきである。

加えて、原告会社に課されるべき過少申告加算税額についても、本件法人税更正によって原告会社が新たに納付すべき法人税額(六二事業年度につき三九四万七六〇〇円、六三事業年度につき一一九四万六八〇〇円であり、いずれも本件法人税更正に係る原告会社の法人税額から申告に係る法人税額を控除した金額)につき、国税通則法六五条一項により、右各法人税額(同法一八一条三項により一万円未満の端数を切捨てた後のもの)に一〇〇分の一〇を乗じた金額となるから、六二事業年度につき三九万四〇〇〇円、六三事業年度につき一一九万四〇〇〇円となるところ、これらはいずれも法人税決定の額と一致するから、法人税決定もまた適法である。

5 したがって、本件法人税処分は、いずれも適法である。

三  争点3(六三年所得税処分の適法性)について

1 被告玉川税務署長は、本件乙山各社役員報酬は経済的実質からみて原告太郎に支払われたものと認めるべきである旨主張する。仮に、所得税法一二条の規定する実質所得者課税の原則に係る解釈につき、被告玉川税務署長の主張するようないわゆる経済的帰属説を採用するにしても、右役員報酬が三郎ら名義の普通預金口座に振込まれていることは当事者間に争いがないのであるから、本件乙山各社役員報酬が経済的実質からみて原告太郎に支払われたと認めるためには、単に三郎らに対する乙山各社の役員報酬の支払が経済的にみて不自然、かつ不合理であると認められるだけでは足りず、少なくとも、原告太郎が三郎ら名義の普通預金口座を支配・管理し、右管理・支配を通じて本件乙山各社役員報酬の右口座への振込によって経済的利益を享受しているものと認められることが必要というべきである。

2 そこで原告太郎による本件乙山各社役員報酬振込口座の支配・管理の有無について検討するに、当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 昭和六三年分の本件乙山各社役員報酬は、全て三和銀行池袋支店の三郎ら名義の各普通預金口座に振込まれている。昭和六一年一一月から昭和六三年一二月にかけて、右各口座への入金は、いずれも乙山各社及びそのグループ企業からの振込、税金の払戻し及び利息のほか、昭和六二年三月三日の三〇〇万円の振込が一度あるだけである。右三〇〇万円の振り込みは、原告太郎が同日に自己名義の定期預金(額面九〇〇万円)を中途解約して行ったものである。

(二) 同期間内における右各普通預金口座からの払戻しは、いずれも昭和六二年三月六日の三〇〇万円と、昭和六二年六月二二日の一二万〇三七〇円のみである。このうち、三〇〇万円については三郎ら名義の定期預金にされたものであり、一二万〇三七〇円については東京都世田谷区に対する区民税の支払いに当てられたものである。

3 右認定した事実によれば、昭和六二年三月六日の三郎ら名義の各口座からの各三〇〇万円の払戻しは、原告太郎の意思で行われたことが推認できるものの、右はその三日前に原告太郎が右各口座に振込んだ金員を原資として行われたものであり、その使途も三郎らの財産の利殖を図る目的に当てられたことが認められる。そして、以上の事実を総合すれば、原告太郎が三郎らの法定代理人として、米国留学中の三郎や四郎らに代わってその財産を答理し、適宜その利殖を図っていた事実はうかがえるものの、それを超えて、原告太郎が三郎ら名義の普通預金口座を支配・管理し、その入金額について自己の財産として運用していた等の事実は認められず、原告太郎が本件乙山各社役員報酬を自己の経済的利益として享受していた事実も認めることができない。

4 これに対し、被告玉川税務署長は、昭和六二年三月三日の原告太郎からの三〇〇万円の入金については贈与税の申告がされていないから、三郎ら名義の各口座の入金額はいずれも原告太郎が実質的に支配していた旨主張する。しかしながら、贈与税の申告の有無については本件全証拠によってもそのいずれとも決しがたいうえ、仮に右申告がされていなかったとしても、それだけで右各口座に対する入金が原告太郎の経済的利得を構成していたとみることはできないから、被告玉川税務署長の右主張は失当である。

また、被告玉川税務署長は、三郎らの乙山に対する増資が丁原からの借入金によっており、右借入金が長期にわたって返済されていないことなどからすれば、三郎らが株主として実質的に乙山を支配していたとは認められない旨主張する。しかしながら、三郎らが乙山の大半の株式を所有していること、三郎らが乙山各社の取締役等に就任していることはいずれも既に摘示したとおりであるし、原告太郎が乙山各社の経営に強い影響力を保持しているとしても、それが直ちに本件乙山各社役員報酬の経済的帰属に影響を与えるわけでもないから、被告玉川税務署長の右主張も採用することができない。

5 また、以上のように三郎ら名義の前記各口座についての原告太郎の支配・管理の事実が認められず、本件乙山各社役員報酬から原告太郎が経済的利得を享受している事実が認められない以上、所得税法一二条の解釈について、課税物件の私法上の帰属についてその形式と実質が相違している場合にはその実質に即して帰属を判定すべきであるとしたものと解する立場(法律的帰属説)によるときに、本件乙山各社役員報酬が私法上原告太郎に帰属すると認める余地がないことはいうまでもない。

6 したがって、いずれにしても本件乙山各社役員報酬が原告太郎に帰属すると認めることはできないから、右金額を原告太郎の総所得金額に加算してされた六三年所得税更正は、その限度で違法である。

そして、これと既に摘示した事実を総合すれば、六三年所得税更正(別表八)のうち加算項目及び同減算項目のうち順号<5>はいずれも原告太郎の申告どおりに修正されるべきであるから、昭和六三年の総所得金額、源泉所得税額及び納付すべき所得税額は、別表四の順号1の申告時どおりであって、六三年所得税更生に係る総所得金額のうち五五四〇万五〇〇〇円及び納付すべき所得税額のうち三九一万一七〇〇円を超える部分については、いずれも違法としてこれを取り消すべきことになる。

また、六三年所得税決定についても、過少申告額が認められない以上、その全部を取り消すべきことに帰する。

四  結論

以上のとおりであるから、原告会社の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、原告太郎の請求のうち本件減額更生の取消しを求める部分は訴えの利益が認められない不適法な訴えであるので却下し、六三年所得税処分の取消しを求める部分は理由があるので認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

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